夕 顔  
菊岡検校作曲


              源氏物語の「夕顔の巻き」を題材にした手事ものです。



   

   住むや誰 訪ひてや見んと黄昏に 寄する車の音信も 

   絶えてゆかしき中垣の 隙間求めて垣間見や かざす扇に薫きしめし 

   空だきもののほのぼのと 主は白露光を添えて

   (手事)
   いとど栄えある夕顔の 花に結びし仮寝の夢の 覚めて身に沁む夜半の風


   

   すむやたれ といてやみんと たそがれに よするくるまの おとずれも

   たえてゆかしき なかがきの すきまもとめて かいまみや かざすおおぎに たきしめし

   そらだきものの ほのぼのと ぬしは しらつゆ ひかりをそえて

   いとどはえある ゆうがおの はなにむすびし かりねのゆめの さめてみにしむ よわのかぜ


   

   五条あたりの家に住むのは誰だろう。訪ねてみようと黄昏時に、その家に寄せた源氏の車、

   然しこの女は人目を避け、他人との交際の車の訪れは絶えてなかった。

   源氏は好奇心にかられ中垣の隙間からのぞいて見ると、顔にさしかけておおった扇に

   たき込んだ香の薫りがどことなく漂って来て、ぼんやりと、源氏は白露の光に

   ひとしお美しさを加えて

   (手事)

   大変見栄えある夕顔の花と見えた。その花の女と契りを結んだうたたねに見た夢も

   物怪によって傍に休んだ女は殺されたので夜半の風が冷たく身にしみるのです。


   

   「源氏物語夕顔の巻」は源氏の17才の夏から同年10月にかけてを描いたもの。

   六条御息所(故皇太子妃)へのお忍び歩きをなさっている頃、その途中、五条あたりに

   夕顔が垣根にきれいに咲いた賎が家があり、ふと見た女に心がひかれた。ところが

   この人は名も素性も明かさなかったのですが、実は三位中将の女で、頭中将との間に

   子を産み、正妻の嫉妬をうけ、それに耐えかねて子を乳母に預けて、人目をさけて

   この家に住んでいたのです。源氏は8月15日の明月の晩、この女を近くの別荘に連れ出し

   二人で寝ていました。すると生霊が現れ源氏に向い「あなたは愛すべき人があるのに

   こんな女といて・・」と責められました。そして源氏の傍に休んでいた女は急に震えだし

   気を失って死んでしまったのです。

   巻に夕顔の名が付けられたのは、垣根に美しく咲いていた夕顔を侍者に手折ってもらったこと

   その女が源氏にうたいかけた歌「心あてにそれかとぞみる白露の光そへたる夕顔の花

   (白露が光をそえたほのかな美しい夕顔の花のようなお方を当て推量すれば、

   源氏の君と思われる) これに対する源氏の返歌 

   「よりてこそそれかとも見め黄昏にほのぼの見つる夕顔の花

   (すぐ傍に寄って初めて確と見きわめがつくものであるのに黄昏の薄明かりの光で

   ぼんやり見た夕顔の花をこの源氏であるなどとは分りようがない筈である)

   と歌った二首の歌から名がつきました。

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